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前田慶次 隠居の地[無苦庵]

週刊少年ジャンプで連載していて有名人気漫画になった

 

[花の慶次~雲のかなたに~]

原作、隆慶一郎

漫画、原哲夫

 

その後に大人気になったパチンコシリーズ、一時期は人気になっていたパチスロなどありますね。

 

でこ作品の登場人物天下御免の傾奇者である

[前田慶次郎利益]が

この作品の中では身の丈6尺5寸(195センチ)の偉丈夫と言われていますが

実際の所は身長などについての詳しい詳細などの文献などはないとの事ですね

その当時戦国時代の成人男性の平均的な身長が大体が150~160㎝位だったであろうと当時のいう話ですから漫画的な誇張だったのかと

 

実際に自分も慶次が晩年過ごした地、米沢へ行ってきた際に[宮坂考古館蔵へ]お邪魔した際に、展示されていた前田慶次着用と伝わる

[朱漆塗紫糸素掛懸威五枚胴具足]が展示されていましたが

その具足の大きさからしてもそこまでは大柄な人物ではなかったのだと感じました。

 

まあ着用と伝わるなので違う人物の具足という可能性もあるかもしれせんがそこはやっぱり、前田慶次のだと思いたいですね。

 

そしてあの慶次の愛馬[松風]にしても

あの時代の野生馬にはそんなに大きい馬はいなかったそうです(笑)

(でかすぎです、一巻での姿は本当にね蹄が人の顔よりデカかったりと)

当然戦国時代の馬は現代のようなサラブレッドのような体格なんていなく

ポニー程度だったのではないかと言われています。

もし慶次が本当に195㎝あったら

ポニーサイズの馬なら潰れてしまいますね。

 

多分漫画という作品で

特徴的なキャラクターとして見せるという事だったのでしょうね

原哲夫さんは、そういう書き方が多いですし、他の漫画作品でもよくありますしね。

 

インパクトなんでしょうね

コイツは凄いやつだからこう見える的な

北斗の拳のデカイ婆さんとか(笑)

ラオウ&黒王号とかね。

 

話は脱線しましたけど

 

慶次の出生、出自に関してはもともと文献自体もあまりない為か

生まれた時期、誰の子であったのかも諸説あるようです。

実は叔父の[前田利家]よりも年上であったりとかもしれないとかあるようです。

 

 

慶次の終焉の地などもいろいろと諸説あるそうです

大和国の刈布にて73歳にて

会津の田畑村にて歳はわからず

・奥州福島にて歳はわからず

・晩年過ごした米沢の堂森にて70歳頃など

(堂森ではないかとの説が一番近いのではと言わいます、慶次の隠居地とされていた)

 

武勇に誉れ、天下御免の傾奇者戦国武将

[前田慶次]

今では戦国武将の中でも人気ですね。

自分も好きですが。

 

で話は本題的にはだいぶズレているんですが

 

ここからが本題なんですが

10月22日に

米沢の堂森の前田慶次の隠居していたと言われる屋敷[無苦庵]の母屋跡地付近にて第二次の発掘調査が行われ、井戸跡や遺構が遺物4点が発見されたとの事。

昨年には前田慶次の屋敷として伝承から推定地に格上げされているみたいで

期待しちゃいますね。

公開は23日とあるみたいですが

後は見れないのかな(-_-;)

 

近くに時間をとって、また米沢へ慶次を追いかけに行こうと思います。

 

時期的にも紅葉も綺麗でしょうね~